東洋医学を勉強していると、「気」の次くらいによく出てくる言葉があります。
「血(けつ)」
です。
これは分かりやすそうですよね。
血。
つまり、
血液でしょ?
……と思うんですが、ここも初心者を少し困らせます。笑
現代医学でいう「血液」と、東洋医学でいう「血」。
もちろん、まったく無関係ではありません。
でも、
完全に同じものとして考えると、少し分かりにくくなる。
今回はそんな「血」について、できるだけ日常の言葉で考えてみます。
東洋医学の「血」は、身体を養うもの
東洋医学では「血」を、
身体のさまざまな部分を養い、潤すもの
として考えます。
筋肉。
皮膚。
髪。
目。
そして身体全体。
現代医学であれば、血液が酸素や栄養を身体の各所へ運んでいることを思い浮かべますよね。
東洋医学の「血」も、そうした実際の血液から完全に離れた概念ではありません。
ただし、
「東洋医学の血=現代医学の血液」
と、そのまま置き換えられるものでもありません。
昔の人たちは、赤血球の数もヘモグロビンの値も知ることができませんでした。
その代わり、
顔色。
肌。
髪。
目。
月経。
疲れ方。
そういった身体に現れる変化を観察しながら、
「身体を養うものは十分かな?」
と考えていた。
私はそんなふうに理解しています。
「血が足りない」=貧血?
ここは特に気をつけたいところです。
東洋医学には、
血虚(けっきょ)
という言葉があります。
文字だけ見ると、
「血が少ない」。
なので、
「ああ、つまり貧血ね」
となりそうです。
でも、
血虚と、現代医学でいう貧血は同じものではありません。
貧血は血液検査などによって確認される医学的な状態です。
一方の血虚は、東洋医学の考え方の中で身体の状態を整理するための言葉です。
症状として重なる部分があったとしても、
血虚だから貧血。
貧血だから血虚。
と、そのまま結びつけることはできません。
この辺、最初はややこしいですよね。笑
でも「気」と同じで、
東洋医学には東洋医学なりの身体を見る言葉がある
と考えると、少し入りやすくなります。
実際には「血だけ」を見ているわけではない
じゃあ実際の施術では、
「今日は血を診よう!」
と血だけを切り離して見ているのか。
少なくとも私は、そんな見方はしていません。
舌を見る。
脈に触れる。
お腹を診る。
さらに、
顔色。
肌。
髪。
声や表情。
そういったものも身体を見るヒントになります。
場合によっては、
「ちょっと、あっかんべーしてみてください」
とお願いすることもあります。笑
下まぶたの内側の色がいつもより白っぽく見えれば、貧血などを考える一つの手がかりにはなります。
ただし、もちろん見た目だけで貧血を診断することはできません。
気になる場合は、血液検査などで確認する必要があります。
東洋医学でも同じです。
一つのサインだけを見て、
「はい、あなたは血虚!」
とは決めません。
いろいろな情報を合わせながら考える。
結局ここでも、
望・聞・問・切
なんですよね。
東洋医学って、ずっと観察しています。笑
女性は「変化を見る材料」が一つ多い
私は「血」について身体を見るとき、女性の方が変化を追いやすいと感じることがあります。
理由の一つが、
月経です。
周期はどうか。
量はどうか。
色はどうか。
以前と比べて変わっていないか。
毎月起きる身体の変化なので、体調を見るための情報の一つになります。
もちろん、
「月経がこうだから、この体質です」
と一つだけで決めるわけではありません。
睡眠。
食欲。
疲れ方。
顔色。
舌や脈。
そうした情報と一緒に見ることで、
「最近、身体の状態が少し変わってきているかもしれない」
と考える材料になります。
男性には月経がありません。
そういう意味では女性の方が、身体の変化を知るためのサインが一つ多い、とも言えるのかもしれません。
このあたりは、そのうち**「女性の身体と東洋医学」**として掘り下げても面白そうです。
血虚だけでは説明できないこともある
身体を見ていると、
肌や髪の状態だけではなく、
身体がなんとなく火照る。
涼しい場所なのに、ほんのり汗ばんでいる。
そんな人もいます。
こういうとき私は、
「血が足りないですね」
だけで終わらせません。
東洋医学には、
陰虚(いんきょ)
という考え方もあります。
ものすごく簡単にいうと、身体を潤したり、熱を落ち着かせたりする側の働きが不足している状態を考える言葉です。
血虚と陰虚はまったく同じものではありませんが、身体を養うもの・潤すものが不足するという点で近いところがあります。
ほてりや熱っぽさ、汗などが目立つ場合には、
血だけではなく「陰」の状態も考えてみる。
……また新しい言葉が出てきましたね。笑
ここを全部説明し始めると、急に教科書みたいになるので、
陰虚についてはまた別の記事で。
こうやって少しずついきましょう。
「気」と「血」は別々ではない
ここまでの記事では、「気」の話をたくさんしてきました。
気が足りない。
気が滞る。
そして今回は「血」。
東洋医学では、この気と血を完全に別々のものとして考えるわけではありません。
お互いに関係しながら身体を支えている、と考えます。
私はここでも、例の川をイメージします。
水があっても、流れなければ困る。
流れようとしても、水そのものが少なければ困る。
東洋医学を理解するためのイメージとして、
血は身体を養うもの。
気は身体を働かせたり、巡らせたりするもの。
と考えると、少し分かりやすいかもしれません。
もちろん、
人間の身体の中に東洋医学的な川が流れているわけではありません。笑
あくまでイメージです。
でも「身体は一つのものだけで動いているわけではない」という感覚は伝わりやすいと思います。
では、その「血」の材料はどこから?
身体を養うものは、何もないところから突然生まれるわけではありません。
やっぱり大切になるのが、
食べること。
健康のために何を食べるかも大切ですが、
その前に、
ちゃんと食欲はあるのか。
食事を抜いていないか。
極端に量を減らしていないか。
食べたあと身体の調子はどうか。
そんなところも大切な情報です。
健康のために食事を極端に制限して、
「最近なんだか疲れるんですよね」
となっていたら、
身体としては、
「いや、まず材料ください」
なのかもしれません。笑
「何を食べれば健康になる?」も大切ですが、
身体を作るために必要なものがちゃんと入っているか。
そこから考えてもいいんじゃないかなと思います。
数字で見る身体と、日常に現れる身体
現代医学には血液検査があります。
数値として身体の状態を確認できる。
これは本当に大切です。
一方、東洋医学では、
顔色。
舌。
脈。
食欲。
睡眠。
肌。
髪。
月経。
日常の中に現れる変化も拾っていきます。
どちらが正しい、という話ではありません。
身体を見る方法が違う。
私はそこが東洋医学の面白いところだと思っています。
「検査で異常がなかったから、身体の感覚なんてどうでもいい」
でもない。
逆に、
「東洋医学で診れば検査なんて必要ない」
でもない。
身体を知るための方法は、一つじゃありません。
今日の自分を、ほんの少し見てみる
いきなり、
「今日の私の血は足りているかな?」
なんて考えなくても大丈夫です。笑
まずは、
最近ちゃんと食べているかな。
よく眠れているかな。
今日は顔色どうだろう。
肌や髪の感じ、いつもと違わないかな。
女性なら、
最近の月経は普段とどう違うかな。
そんなところからで十分です。
東洋医学の難しい言葉を覚えることより、
普段なら見過ごしてしまう身体の変化に、少し気づくこと。
私はそっちの方が大切だと思っています。
「気」の次に出てきた、
「血」
また一つ、身体を見るための言葉が増えました。
次は、この「血」が不足していると考える、
「血虚」
について、もう少し掘ってみたいと思います。
毎日に、ちょっと東洋医学。


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