肝・心・脾・肺・腎。
「五臓」と聞いて並ぶのは、見覚えのある名前です。肝臓、心臓、脾臓、肺、腎臓のことですよね?
……と言いたくなるんですが、東洋医学では、そのまま置き換えると少し話がずれます。
知っている漢字なのに、意味が違う。初心者に優しいのか、優しくないのか。笑
今日は働きを全部覚えるより、「同じじゃない。でも、全然別でもない」というところを、一つ持ち帰ってもらえれば十分です。
五臓は、臓器と「働き」を合わせて考える言葉
現代医学で肝臓といえば、身体のどこにある、どんな臓器なのかを思い浮かべますよね。
一方、東洋医学の「肝」は、実際の臓器そのものだけでなく、その臓器に関連づけて考えられてきた身体の働きまで含んでいます。
五臓は、身体全体の働きを五つのまとまりとして整理するための言葉、と考えると入りやすいかもしれません。
だから、「東洋医学の肝=解剖学の肝臓」と一対一ではありません。
以前の「東洋医学の『血』は血液と同じ?初心者向けにやさしく考える」にも、少し似た話がありました。
同じ名前に見えても、どこまでをその言葉に含めるかが違うんです。
これは、現代医学が臓器だけを切り離して考える、という意味ではありません。身体を説明する言葉の成り立ちや、整理の仕方が違うということです。
同じじゃない。でも、全然別でもない
例えば「肺」。
東洋医学でも呼吸と深く関係します。その一方で、皮膚などの身体表面や、水分を全身へ行き渡らせる働きなども、肺に関連づけて考えます。
呼吸という重なる部分はある。でも、今の医学でいう肺の働きと、すべて同じではない。
「肝」も、肝臓そのものだけを見ているわけではなく、伝統的には気や血の状態など、身体全体とのつながりを考える言葉です。
身体の観察をもとに、当時の考え方を重ねて組み立てられたもの。実際の臓器とは無関係な、架空の部品の名前ではありません。
ただし、ここは大事です。
東洋医学の説明で「肝の調子がよくない」と言われても、それだけで肝臓の病気と診断されたことにはなりません。逆に、肝臓の病気がないと確認できるわけでもありません。
東洋医学的な状態を考えることと、検査などで肝疾患を確かめることは別です。気になる症状や検査の異常は、医療機関で確認してください。
五臓のとなりには「六腑」もある
五臓は、肝・心・脾・肺・腎。
そして六腑は、胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦(さんしょう)です。
まとめて「五臓六腑」。この言葉なら聞き覚えがある方も多いと思います。
かなり大まかにいうと、五臓は、身体に大切なものを蓄え、生命の働きを支える側。
六腑は、飲食物や水分などを受け取り、運び、変化させ、外へ送る側。
これは入口としての簡略化です。完全な役割分担表ではなく、お互いに関係しながら働くものとして考えます。
「三焦だけ、聞き慣れないんですが」という声が聞こえそうですね。そこまで始めると急に授業になるので、今日は名前だけ。笑
今回は、五臓だけで身体の話が完結するわけではない、と分かれば大丈夫です。
よくここまで身体を考えたな、と思う
東洋医学を学んでいて、私が今でも面白いと思うことがあります。
今のような解剖学や生理学、検査機器がなかった時代から、人の身体を観察し、働きを結びつけ、考え方を積み重ねてきたことです。
何千年にもわたる医学の歩みの中で、よくここまで考えて、整理したなと。
もちろん、古いから正しいわけでも、現代医学より優れているという話でもありません。当時の思想も含まれていて、すべてが現代の科学で確かめられた仕組みというわけでもない。
それでも、人の身体を何とか理解しようとした、その観察の積み重ねには驚かされます。
人の身体も、自然の中にある
五臓六腑について学んでいると、昔の人が人間を自然から切り離していなかったことが伝わってくる気がします。
木や花、水と同じように、人間も自然界に存在している。
季節が変われば、気温や湿度、日照時間が変わる。食べるものや、日々の過ごし方も変わります。身体だって、その影響を受けますよね。
東洋医学では、そうした季節や気候に加え、食事、睡眠、感情などと身体の変化を関連づけて考えてきました。
私は、人と自然の関係をよく観察していた学問だと感じます。
五臓とは、臓器の名前を使いながら、身体全体の働きとつながりを整理しようとした一つの身体観。
今日は、そこまでで十分です。
「肝って肝臓じゃないの?」と思ったところから、東洋医学はちょっと面白くなってきます。
次からは、この五臓を一つずつ見ていきましょう。
毎日に、ちょっと東洋医学。


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