「気」って結局なに?東洋医学初心者が最初につまずく言葉を鍼灸師が考えてみる

東洋医学を知る

東洋医学を勉強し始めると、かなり早い段階でこの言葉に出会います。

「気」

気が巡る。

気が不足する。

気が滞る。

気が上がる。

……。

いや待って。

その「気」って結局なんなの?

私は勉強を始めたころ、ここでかなり引っかかりました。笑

目に見えるわけでもない。

血液みたいに検査できるわけでもない。

それなのに東洋医学の本を開くと、当たり前のように「気」が登場する。

そりゃ、

「やっぱり東洋医学ってちょっと怪しくない?」

と思う人がいても当然だと思います。

今回はそんな「気」について、できるだけ難しい言葉を使わずに考えてみます。

実は私たち、毎日「気」を使っている

東洋医学の話をする前に、ちょっと普段の会話を思い出してみてください。

元気。

気力。

気分。

やる気。

気が抜ける。

気疲れする。

日本語って、ものすごく「気」を使いますよね。

「今日は気が乗らないなぁ」

なんて言うこともあります。

でも、

「気が乗らないって、その気はどこにあるんですか?」

なんて聞かれたら困ります。笑

別に何か特定の物質を指しているわけではありません。

それでも私たちは、

「あぁ、なんとなく分かる」

と感覚的に理解しています。

東洋医学の「気」も、まずはそれくらい柔らかく考えてもいいのではないかと私は思っています。

「気=謎のエネルギー」と考えなくてもいい

よく、

「気とは生命エネルギーです」

と説明されます。

これはイメージとしては分かりやすい。

ただ私は、これだけで説明すると逆に怪しく感じる人もいるんじゃないかなと思っています。

ドラゴンボールの「気」みたいなものが身体をグルグル回っている――。

……という話ではありません。笑

東洋医学でいう「気」は、もっと幅広く、身体が生きて働いている状態を理解するための考え方として使われます。

呼吸する。

食べる。

消化する。

身体を動かす。

体温を保つ。

外からの刺激に対応する。

そうした人間のさまざまな働きを、昔の人たちは観察していました。

その働きを説明するときに使われてきた重要な言葉の一つが「気」です。

だから、現代医学の中に、

「これが気です!」

と1対1で対応する臓器や物質があるわけではありません。

ここは東洋医学を考えるうえで結構大事だと思います。

私は「川」をイメージする

前の記事でも少し書きましたが、私は人の身体を考えるときによくをイメージします。

川には水が入ってきます。

流れます。

そして出ていきます。

雨がまったく降らなければ水は減る。

流れが悪くなれば淀む。

一気に水が増えすぎれば、それはそれで問題になる。

人間の身体も当然、川そのものではありません。

でも、

「入る・作る・動く・出る」

という視点で身体を見ると、なんとなく理解しやすい。

食べる。

呼吸する。

栄養を取り込む。

身体を動かす。

汗をかく。

排泄する。

眠って回復する。

人間もずっと、何かを取り込み、動かし、外へ出しながら生きています。

私にとって「気」は、そうした身体の動きや働きを考えるときのヒントという感覚に近いです。

気が足りない?気が滞る?

東洋医学では「気」の状態をいろいろな言葉で表現します。

例えば、

気虚(ききょ)

という言葉があります。

文字だけ見ると急に東洋医学感が増しますね。笑

簡単にいえば、身体を働かせる力が不足しているような状態を考えるときに使います。

反対に、

気滞(きたい)

という考え方もあります。

こちらは「気の動きがスムーズではない」というイメージです。

ただし、

「疲れている=必ず気虚」

というように、一つの症状だけで決めるものではありません。

同じ「疲れた」という人でも、

食欲はどうなのか。

眠れているのか。

身体は冷えているのか。

便通はどうなのか。

どんな生活をしているのか。

いろいろな情報を合わせて身体を考えます。

ここで前の記事に出てきた、

望・聞・問・切

につながってくるんですね。

少しずつ東洋医学の話がつながってきました。

「健康のため」が身体に合っているとは限らない

例えば、

「健康のために毎日運動しています」

という人がいたとします。

基本的にはとても良い習慣です。

でも、

仕事でヘトヘト。

睡眠不足。

食事も十分に取れていない。

それでも、

「健康のためだから!」

と毎日激しい運動を続けていたらどうでしょう。

身体の状態によっては、休んだ方がいい日もあるかもしれません。

逆に、ずっと身体を動かさずに過ごしていて調子が悪い人なら、少し歩くだけで身体の感じが変わることもあります。

そこで私が好きな言葉があります。

過ぎたるは及ばざるが如し。

良いとされることでも、その人にとって多すぎれば良いとは限らない。

東洋医学を勉強していると、

「何が身体に良いか」だけではなく、「今のこの人には何が必要なのか」

を見ることが大切なんだな、と感じます。

「気があるかないか」より面白いこと

「気って本当にあるんですか?」

これは東洋医学をやっていると、いつか聞かれる質問だと思います。

でも私は、

「気という物質が身体のどこかにあるのか?」

だけを考えるより、

「昔の人たちは、人間の身体の働きをどう観察していたんだろう?」

と考える方が面白いと思っています。

2000年以上も前。

血液検査もありません。

CTもMRIもありません。

スマートウォッチもありません。

そんな時代の人たちが、

顔を見て、

声を聞いて、

生活について尋ねて、

脈や身体に触れて、

「この人の身体では今、何が起こっているんだろう?」

と一生懸命考えていた。

そして、それを説明するために作られていった言葉の一つが「気」だった。

そう考えると、

最初は胡散臭いと思っていた「気」という言葉も、私は少し違って見えるようになりました。

まずは自分の「気」を難しく考えなくていい

東洋医学を生活に取り入れるからといって、

毎朝脈を診たり、

陰陽五行を暗記したりする必要はありません。笑

まずは、

「今日は元気かな?」

それくらいでいいと思います。

昨日より疲れている。

よく眠れた。

食欲がある。

身体が重い。

今日はなんとなく調子がいい。

普段なら通り過ぎてしまう身体の小さな変化に、ほんの少し目を向けてみる。

それも立派な「自分の身体を見る」ということだと思います。

東洋医学が、

自分の身体について考えるきっかけの一つになる。

このブログでは、それくらいの距離感で東洋医学と付き合っていきたいと思っています。

毎日に、ちょっと東洋医学。

次回はもう一歩進んで、

「気が足りないってどういうこと?――気虚」

について考えてみようと思います。

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